カウンター カウンター
課題水素-酸素予混合気体のデトネーション遷移過程における障害物の影響
背景
及び
目的
 燃焼は日常の中で最も身近な現象のひとつで,我々に様々な影響をもたらしている.暖炉やストーブのように燃焼で物を温めることができるだけでなく,航空機や自動車のエンジン,火力発電のガスタービンのように燃焼からエネルギーを取り出すことも可能である.管内に可燃性予混合気体を充填し点火させると燃焼波が伝播する.燃焼波は,伝播速度が亜音速の膨張波のデフラグレーション(Deflagration,爆燃)と,伝播速度が極超音速の圧縮波のデトネーション(Detonation,爆轟)の 2 種類に大別される.我々が普段に目にする一般的な燃焼現象はデフラグレーションである.デトネーションは燃焼効率が高く,比較的弱い点火源で高温高圧の既燃ガスを発生させることができるため,次世代の燃焼器や,パルスデトネーションエンジン(PDE),回転デトネーションエンジン(RDE)のような航空宇宙エンジンへの応用が期待されている.また,デトネーションエンジンはジェットエンジンのように予め圧縮させる必要がない為,構造を単純化でき,エンジンの軽量化が可能となる.一方,石油精製プラントや可燃ガスを扱う工場で爆発事故があった場合,デトネーションが発生することがあり,普通の爆発と比べて被害が拡大する恐れがある.そのため,デトネーションを制御することは防爆や,安全工学的に重要な研究である.
 デトネーションを発生させるためには,デフラグレーションからの遷移(DDT,Deflagration to Detonation Transition)が一般的である.図 1 のように細長い管内に可燃性予混合気体を充填し,管の閉塞部から点火するとデフラグレーションを経てデトネーションへと遷移する.この DDT のメカニズムについてはいくつかの説が報告されており(1),温度勾配や密度勾配のある未燃気体中で局所爆発が生じることでデトネーションを移行するSWACER(Shock Wave Amplification by Coherent Energy Release)機構による説や,点火後の圧縮波によって先行していた衝撃波が局所爆発を発生させる説などがあげられる.
 デトネーションをデトネーションエンジンへ応用するためなど,デトネーションへの遷移を早める研究は多く存在するが,遷移を遅くする知見は少ない.本研究では,デトネーション遷移過程において,デフラグレーション領域に障害物を設置することによるデトネーション遷移への影響を調べることを目的とした.

Fig. 1. デトネーション遷移の様子


参考文献:
(1) デトネーション研究会, デトネーションの熱流体力学1,理工図書, pp. 2-4, pp. 37-63, pp. 113-122, pp. 213.
方法 ・はじめに
 障害物を配置しない場合と,配置した場合,またその位置を変更した場合で 2 次元非定常の数値計算を行い,温度,圧力の時間経過を調べ,火炎の位置,伝播速度,DDT誘導距離(DID),DDT時間を比較した.また,障害物の有無による影響に関しては,実際に燃焼実験を行い,可視化装置を用いて火炎の伝播過程を撮影した.障害物無しにおける数値計算の結果と実験結果を比較し,数値計算結果の妥当性評価を行った.障害物の位置条件には,上流端から障害物前縁までの距離dを,コード長cで除した無次元数,d/cを使用した.

・燃焼実験
 図2に実験装置の概図を示す.装置は矩形管と,左側の下流に設置されたダンプタンク,真空ポンプ,計測機器,および右側端面に取り付けた点火装置で構成される.図3に矩形管の詳細図を示す.矩形管内部の流路は全長が989mmであり,断面は30mm×30mmの正方形である.流路はアクリル窓で可視化されており,可視化部は上流壁から50mmの位置から950mmの範囲である.図4のように組立をした後,フランジとダンプタンクの間をダイヤフラムで密閉する.ここへ衝撃波が到達すると破膜し,燃焼ガスがダンプタンク側に排出されるようになっている.燃料に水素,酸化剤に酸素を用い,予混合条件は燃焼を引き起こしやすい条件として,初期圧力Po=100kPa,当量比=1.0とする.点火は,イグニッションコイルとスパークプラグを用いた電気火花によって行った.点火と同時にハイスピードカメラによる火炎伝播の様子の撮影を開始し,撮影したフレームを基に,火炎のの先端位置,伝播速度,DID,DDT時間を算出した.撮影フレームレートは400,000fpsで行った.撮影した二値化処理を行い,画像解析を行った.障害物条件は,障害物無しとd/c=1.367である.

1
Fuel, Oxidizing agent
7
Rectangular tube
2
Vacuum pump
8
Spark plug
3
Dump tank
9
Ignition device
4
Diaphragm
10
High speed camera
5
Adapter
11
PC for recording
6
Pressure gauge
Fig. 2. 実験装置の概略図

Fig. 3. 矩形管の詳細図

Fig. 4. 矩形管の組立


・数値計算
 図5は数値計算で用いたメッシュの上流部で,d/c=1.367である.スケールは実験と同サイズで、管内部の片側端部に半径1mmの円形部を作成し,2000Kとすることで実験と同様に着火するようにしている.数値計算は簡略化の為奥行き方向無視とした2次元計算であり,実験と同じく当量比=1.0としている.熱流体解析ソフトウェアANSYS Fluent 2024 R2を用いて,2次元非定常数値計算を行った.流れ場の計算は層流モデルを使用し,詳細反応モデルには,酸水素に関する計8種の化学種(H2, H, O, O2, OH, H2O, HO2, HO2),及び20段階の素反応が考慮されたStanford H2/O2 Mechanism version 1.2を使用する.これにより,水素-酸素の燃焼反応機構と,各化学種の物性値を与えている.また,化学種の反応はバルク相でのみ生じるものとする為,壁面または粒子表面のような界面付近における,化学種の特異な反応は考慮しないものとする.化学種はすべて理想気体とし,燃焼モデルとして,Laminar finite-rateモデルを使用した.

Fig. 5. 数値計算で用いたd/c=1.367のメッシュの上流部
結果 ・燃焼実験結果
 図6に上段が障害物無し,下段がd/c=1.367での伝播の様子の動画を示し,図7に,燃焼実験での二値化処理後の火炎画像を示す.(a)は0.04 ms間隔,(b)は0.02 ms間隔である.また,図8に火炎伝播速度,図9に火炎先端位置のグラフを示す.火炎先端位置の縦軸は,位置lを流路全長Lで除した無次元数である.どちらの条件でも,デフラグレーション領域の火炎の形状はしわ状であるが,障害物が有る方が火炎の形状が乱れていることが確認できた.また,障害物通過後の火炎の伝播速度が急上昇する区間があり,燃焼が不安定となったことがわかった.図9におけるクロス部は局所爆発が発生したタイミングを示しており,詳細な数値は表1のように,障害物無しでのDDT時間は1.203 ms,DIDは525.6 mm.障害物有りでのDDT時間は1.065 ms,DIDは561.5 mmとなった.この結果から,障害物を設置すると,同時刻における火炎先端位置は障害物がない時より後退しており, DID は長くなったが,DDT 時間は短くなったことがわかった.

Fig. 6. 火炎伝播の様子

(a) 障害物無しでの結果
(b) d/c=1.367での結果
Fig. 7. 二値化処理後の火炎画像

Fig. 8. 火炎先端位置における火炎伝播速度のグラフ

Fig. 9. 火炎先端位置の時刻歴のグラフ

Table 1. 燃焼実験結果の詳細な数値
DDT time [ms]
DID [ms]
No obstacle
1.203
525.6
With obstacle
1.065
561.5


・数値計算結果
 図10に温度コンター図,図11に圧力コンター図を示す.それぞれ,(a)が障害物無し,(b)がd/c=1.367での結果,(c)がd/c=3.033での結果で,写真間隔は0.064 msである.この結果より,障害物が有ると通過後の火炎の形状が大きく乱れることがわかった.また,局所爆発が発生しデトネーションへ遷移するタイミングが,(a), (b), (c)の順に遅くなっていることがわかった.

(a) 障害物無しでの結果
(b) d/c=1.367での結果
(c) d/c=3.033での結果
Fig. 10. 各障害物条件での温度コンター図

(a) 障害物無しでの結果
(b) d/c=1.367での結果
(c) d/c=3.033での結果
Fig. 11. 各障害物条件での圧力コンター図


 次に,図12にd/c=1.367での障害物付近でのコンター図,図13にd/c=3.033での障害物付近でのコンター図を示す.写真間隔は0.008 msである.それぞれ,(a)が温度コンター図,(b)が圧力コンター図である.これらの結果より,障害物通過前の火炎への障害物の影響はないとみられる.また,障害物による急激な圧力変化もない為,障害物の影響は障害物通過後の後縁付近から発生しているものと考えられる.次に,図14に,障害物無しでの局所爆発付近でのコンター図,図15にd/c=1.367での局所爆発付近でのコンター図,図16にd/c=3.033での局所爆発付近でのコンター図を示す.写真間隔は0.001 msである.それぞれ,(a)が温度コンター図,(b)が圧力コンター図である.これらの結果より,障害物が無い時より有る時の方が,また,𝑑/𝑐が大きい方が局所爆発する際の周囲の圧力が高いことがわかった.これは,障害物の影響によって局所爆発が発生しにくくなった結果,時間とともに燃焼によって周囲の圧力が高まり,ある閾値を超えたところで局所爆発につながったからだと考える.

(a) 温度コンター図
(b) 圧力コンター図
Fig. 12. d/c=1.367での障害物付近でのコンター図

(a) 温度コンター図
(b) 圧力コンター図
Fig. 13. d/c=3.033での障害物付近でのコンター図

(a) 温度コンター図
(b) 圧力コンター図
Fig. 14. 障害物無しの局所爆発付近でのコンター図

(a) 温度コンター図
(b) 圧力コンター図
Fig. 15. d/c=1.367の局所爆発付近でのコンター図

(a) 温度コンター図
(b) 圧力コンター図
Fig. 16. d/c=3.033の局所爆発付近でのコンター図


 次に,図17に火炎先端位置の時刻歴のグラフを示す.火炎先端位置の縦軸は,位置lを流路全長Lで除した無次元数である.この結果から,障害物を設置すると,同時刻における障害物が無い場合の障害物位置よりも遅れて伝播しており,局所爆発のタイミングが大きくずれることがわかった.図17における丸で示した箇所は局所爆発が発生したタイミングを示しており,詳細な数値は表2のように,障害物無しでのDDT時間は1.064 ms,DIDは296.8 mm.障害物有りでd/c=1.367でのDDT時間は1.597 ms,DIDは430.0 mm.d/c=3.033でのDDT時間は1.898 ms,DIDは661.9 mmとなった.この結果から,障害物を設置すると,DDT 時間もDIDも長くなることがわかり,d/cの値が大きくなると,更に結果は伸びることがわかった.

Fig. 17. 火炎先端位置の時刻歴のグラフ

Table 2. 数値計算結果の詳細な数値
DDT time [ms]
DID [ms]
No obstacle
1.064
296.8
With obstacle
(d/c=1.367)
1.597
430.0
With obstacle
(d/c=3.033)
1.898
661.9


・妥当性の評価
 数値計算の結果が妥当性のあるものかを確認する.デトネーション領域は火炎の伝播速度が非常に速い為,障害物無しにおけるデフラグレーション領域での火炎伝播速度を比較する.図18に,数値計算と燃焼実験での火炎伝播速度のグラフを示す.また,数値計算と燃焼実験での伝播速度の平均速度を表3に示す.この結果より,本研究の数値計算は妥当性のある結果であると考える.

Fig. 18. 数値計算と燃焼実験における障害物無しでの火炎伝播速度

Table 3. 数値計算と燃焼実験での平均火炎伝播速度
平均火炎伝播速度 [m/s]
数値計算
415.4
燃焼実験
534.0