もし居なかったら、連城三紀彦の「恋文」を読んでください。好きな人が、きっと見つかります。
夏休みに向けたおすすめの一冊について、原稿を依頼された瞬間「恋文」について書こうと思いました。この本は1984年に刊行された5編の短編集です。私はこの本の登場人物達が好きです。同じように、好きな人が現実に身の回りにいることを気付かせてくれます。気楽に読んでみてください。皆さんも、好きな人がきっと見つかります。
著者はあとがきの中で次のように書いています。「現実にも小さな名場面があります。素人の人が、偶然、役者顔負けのいい表情を見せ、いい言葉を語ることがあります。僕が多少とも関わり合った人たちのそんな顔や言葉を、撮影や録音ができなかったかわりに、ささやかな物語を借りて、活字にしたいなと思いました。」この本を読んで、私は現実の名場面を見落とし、周りにいる好きな人に、気付いていなかったことがわかりました。
20年ほど時間をさかのぼって、私の大学生時代のことを思い出してみます。あまりよい学生ではなかった私は、授業に退屈すると、文庫本を机の下に広げて読みふけっていました。主に読んでいたのは歴史小説です。坂本龍馬や宮本武蔵が身近な存在になりました。歴史小説は憧れのヒーロー達を教えてくれました。歴史小説は、そのヒーロー達の恋愛小説でもあります。残念ながら、私の恋愛との接点はありませんでした。
卒業研究と大学院の研究では、やたら実験に時間のかかる金属疲労に取り組みました。実験中は当時流行のハードボイルド路線に乗って、西村寿光を読みました。数日間徹夜の続く非人間的な実験をやりながら読む本としては、適当なカンフル剤だったと思います。やはり、私の恋愛との接点はありませんでした。
結婚して妻の薦める本を読むようになりました。連城はその中の一人です。作品によっては、自分との接点を感じないものもありましたが、私にとって、恋愛の教科書だと思います。そう言えば、「れんじょう」とワープロを打つと「恋情」が出てきます。恋愛は男女間が一般的ですが、広い意味では「人を好きになる」ことです。「好きな人」を身の周りに持つことは幸せなことです。
今、40代前半の年齢に達して、振り返ってみると、多くの「好きな人」と出会ってきました。でも、時々「恋文」の登場人物達に会いたくなって、読み返します。