特別研究期間の社会勉強

ちゃっとるーむ18号(2009年)に掲載


 授業と会議がないということは結構ヒマになると期待して,昨年の春を迎えました.直前には理工学専攻主任だけでなく,岡田副学長に代わって学科主任も務めていましたので,会議ばかりの3月から特別研究期間が始まった4月1日は,小学生の頃の夏休み第1日目に匹敵する解放された気持でした.1年間の行動目標として,機器分析センターに行って最新の測定機器の勉強をすることや,自分の実験テーマを設定して学生の助けを借りずにやってみることを考えていました.また,社会勉強のために学外から依頼された仕事をできる限りやってみようと考えていました.前者に関しては,意気込んで計測センターの講習会を受けましたが,全くダメでした.後者に関しては,自転車および原子力の分野で,それなりの業界貢献と社会勉強ができました.本稿ではこれらについて紹介します.

 自転車の日本工業規格(JIS)があるのをご存じでしょうか?フレームの強度やブレーキの効き具合などが細かく規定されています.驚くのは,乗員の標準的な体重が65kgとされていることです.皆さんは大丈夫ですか?私はかなりオーバーしていますが,とにかく6年前からJIS原案作成委員会の委員長でした.この他に,幼児用座席,ヘルメットなどの規格制定や安全に関する調査研究などで自転車業界のお手伝いをしてきました.私は委員ではありませんでしたが,2007年度に警察庁の有識者検討懇談会の結果として,幼児2人を同乗させた自転車が問題となり,取締に関してマスコミで話題になりました.危険だから取締りを強化すべきとの方針に,若いお母さん達の怒りが爆発しました.実際に,保育園には車の送り迎え禁止のところが多く,自転車に2人乗せて行くしかない事情もあるようです.それを受けて,幼児2人同乗用自転車開発の可能性に関する検討委員会が2008年4月から立ち上がることになりました.この委員会の座長役を私が引き受けました.1年間の審議の結果,2009年4月9日の国家公安委員会で認められ,夏頃からは合法的に幼児2人を自転車に乗せることができるようになりました.朝日新聞社のニュース記事を示します.

 会議が始まる前に,自転車業界の委員予定者から,「警察庁が全部お膳立てをするので楽な会議ですよ」と聞いていましたが,随分社会勉強をする羽目になりました.何が問題かというと,各省庁間の仲が悪いのです.今回の場合,自転車業界の経済産業省と交通規制側の警察庁です.上記のように,私は自転車業界寄りだったのですが,今回は警察庁の委員会の座長です.細かいことは書けませんが,警察庁と経済産業省が直接相談してくれると良いようなことでもめて,私は両者の間で右往左往しました.また,便乗して難しい問題を出されることもありました.今回の場合,「歩道を通行できる自転車の寸法(長さ190cm,幅60cm以内)では良い自転車が作れないので,規制を緩和して欲しい」というものです.歩行者の立場では,現状でも歩道を走る自転車に恐怖を感じることがあるのに,さらに大型のものが子供を2人乗せて走り出すのは,簡単に決められることではありません.私は警察庁側に立って必死で抵抗しましたが,2009年度に新たな委員会を立ち上げる約束で決着しました.なんとか委員にされるのを避けたいところです.

http://www.asahi.com/national/update/0409/TKY200904090051.html

 次は原子力です.2007年7月16日に発生した中越沖地震以来,東京電力の柏崎刈羽原子力発電所の7基すべてが停止しています.7基の合計出力は821万2千kWで世界最大です.1基が停止した場合に発生する損害は,1日に1億円以上だと言われていますので大変な金額です.しかし,原発は安全が第一です.最も大きな問題は,地震が想定を超える大きさだったことから,構造物の一部に塑性変形が生じ,金属疲労を助長するのではないかということです.この問題を含めて,地震被害を受けた原子力発電所の機器が使えるのかどうかを判断する基準はありません.柏崎刈羽原発は世界で初めて大きな地震被害を受けた原発なのです.そこで,この基準作りのために,日本原子力技術協会に機器の健全性評価を行う基準作りの委員会が2007年9月に設置されました.私は金属疲労の専門家として初年度から参加し,疲労・材料評価ワーキンググループの主査を命じられています.開始直後から,柏崎刈羽原発を製造した日立・東芝の研究者と実証実験の相談をして,それぞれの研究機関で行った実験結果から,疲労破壊することはないかを検討してきました.これまで,大学の基礎研究として行ってきた内容が原子力発電所の機器に適用されて,実際に役立てられてゆく過程を初めて経験し,大変良い勉強をさせてもらっています.また,いわゆる原発反対派といわれるかたと直接関わってはいませんが,実験結果に対して種々のご批判をいただいたことも社会勉強になりました.最も被害の少なかった7号機の再開が間近になってきたと思っていたところ,4月11日の夜に倉庫で火災が発生したとの報道があり心配しています.

http://www.gengikyo.jp/KikakuKijun/NomotoIinkai/index.html

 特別研究期間には,日本溶接協会・原子力研究委員会において2つの研究委員会が立ち上がりました.低サイクル疲労の委員会は主査,高サイクル疲労の委員会は副主査を務めることになりました.このような役目は初めてです.日本原子力技術協会のワーキンググループで行う実験は基礎研究ではありませんので,「何故そうなる」という部分は十分研究できていません.日本溶接協会の研究委員会は,国内の全電力会社からの委託事業として,全国の金属疲労の研究者を集結して立ち上げました.地震被害をきっかけに見いだされた新たな知見を学問的にも確立されたものとする活動になると思います.金属疲労の研究者は日陰者です.このことは「ちゃっとるーむ」の全身の「理工総研ニュース(2001年)」において「暗い話(http://www.me.aoyama.ac.jp/~ogawalab/ogawa/kurai1.htm)」に紹介していますが,国内の研究者は減る一方です.少しでも盛り返せる活動にしたいと意気込んでいます.

 私が特別研究期間をいただくために,機械創造工学科をはじめ多くの皆様にご迷惑をおかけしましたが,上記のように特別な社会勉強をすることができました.心より感謝申し上げます.ありがとうございました.