疲労き裂進展
-
はじめに
- 疲労き裂進展は、21才の時に卒業研究で最初に取り組んだ研究であるが、まだ基本的な疑問が解けていない。この疑問を、
日本溶接協会の疲労ナレッジプラットフォームのQ&Aにおいて、質問案件として研究仲間のみんなと議論した。その内容は、
き裂進展速度の降伏応力および縦弾性係数E依存性である。き裂先端の塑性変形によって疲労き裂は進むのに、降伏応力に依存しないというのは、摩訶不思議な現象である。侃侃諤諤の議論といくつかの答え案が出されたが、ことごとく却下された。掲載されているのは、小林英男先生の答えであるが、個人的にはまだ納得できていない。
本Webページでは、実験事実として納得ができている範囲で、疲労き裂進展について述べる。
-
き裂開閉口挙動
- 疲労き裂は、き裂先端にできた塑性域を貫通して進む。き裂面は過去のき裂先端が位置していた経路であり、き裂面には塑性域の痕跡として引張の塑性ひずみが残っている。このため、疲労き裂は完全除荷の前に閉口する。き裂は閉口すると、外力が変化しても開口する範囲が変わるだけで、き裂先端は変位しない。すなわち、き裂進展は生じない。疲労き裂進展速度は、き裂が開口している状態での外力の変動範囲で決まるので、き裂閉口を測定することと予測することが重要である。以下の研究では、影響因子に対するき裂開閉口挙動が主たる研究テーマとなった。
小川の最初の学術論文では、き裂閉口の測定方法を検討した。上記のように、き裂開口位置が変わることによる試験片全体のコンプライアンス変化を測定する方法と、き裂面に垂直に超音波を当てて反射強度の変化を測定する方法を比較した。この頃は,疲労き裂進展に下限界があるのか悩んだ。
小川の5番目の学術論文では、応力拡大係数範囲ΔKが増加する状態でのき裂閉口と下限界特性を検討した。
斉藤信広君との論文では、変動荷重下のき裂閉口と下限界特性を検討した。
小出孝道君との論文では、球状黒鉛鋳鉄に特有のき裂閉口現象を見つけた。
越智 聡君との1つめの論文では、酸化物誘起き裂閉口が繰返し速度に敏感なことがわかった。
越智 聡君との2つめの論文では、塑性誘起き裂閉口による下限界特性の上昇を確認した。
亀山宜克君との論文では、き裂進展経路の屈曲に着目した。き裂閉口がない場合、低炭素鋼、高張力鋼、低合金鋼、球状黒鉛鋳鉄およびアルミニウム合金のき裂進展速度da/dNは、ΔK/Eで整理すると、一致した両対数直線関係を示すが、純Tiで破面粗さが大きい場合、き裂進展速度が低下した。ここで、Eは縦弾性係数である。
大矢耕二君との2つめの論文では、Ti合金破面について画像処理を用いた破面粗さの定量化を行ない、破面粗さの補正を行なった。
社本和久君の1つめの論文では、基地組織の異なる球状黒鉛鋳鉄のき裂進展特性を調べ、鉄鋼材料、チタンおよびアルミニウム合金で、同一のda/dN-ΔKeff/E関係となることを示した。
社本和久君の2つめの論文では、塩水環境でのき裂進展特性を調べた。後述するセラミックスの疲労き裂進展装置をセットアップする過程で、Ti合金を用いたところ、破面粗さに着目した考察が有効であり、
林 恭正君の論文として発表した。Ti合金については、
戸梶恵郎先生の論文において、塩水中で圧延方向に疲労き裂が進む特異な挙動が観察された。純Tiは塩水に強い材料であるが、疲労破面粗さに差が出てき裂進展抵抗が少し変化することが
中島正貴先生の論文において示された。
小林陽介君と服部恵子さんの論文では、き裂先端近傍の変位分布から有効に作用している応力拡大係数範囲を求め、除荷弾性コンプライアンス法の妥当性を確認した(1)。
以上の研究から、き裂閉口の影響を除くと、疲労き裂進展抵抗はΔK/Eで一義的に表されることになる。
-
第2相粒子の影響
- 金属基材中に第2相粒子を含む材料の場合、き裂進展抵抗が本質的に異なることになる。
小出孝道君との論文で検討した球状黒鉛鋳鉄は、鋼の基材中に球状の黒鉛が点在している。黒鉛の強度は、鋼に対して無視できるほど小さく、材料中の穴と同等の役割となり、断面減少効果と見ることができる。この影響は、縦弾性係数Eにも同等に現れることから、da/dN-ΔKeff/E関係が他の鉄鋼材料と一致することは、断面減少効果の補正ということになる。一方、
須之内辰憲君の論文において示されたWC-Coサーメットでは、セラミック質のWCの割れが疲労き裂進展中に起きるので、da/dN-ΔKeff/E関係が他の材料よりもかなり加速側となる。同様な挙動は、鋭敏化した二相ステンレス鋼でも見られることが
犬飼 亮君の論文において示された。
宮井悠真君,保高 剛君と二杉拓哉君の論文においてB-SUSの研究を行なったが、第二層粒子がある程度多くないと顕著な加速は見られないようである。B-SUSの場合、破壊靱性の低下が顕著であったので、高速破壊時の破壊抵抗曲線を
伊藤直大君の論文において測定した。この研究は、疲労き裂進展と関係はないが、高速度カメラの画像だけで、き裂駆動力と破壊抵抗の両方を測定することができ、極めて興味深い内容だと思っている。
参考文献
-
(1)
- き裂先端変位場を用いた疲労き裂進展駆動力の評価--き裂先端塑性域およびき裂開閉口の影響(小川武史, 小林陽介, 服部恵子),材料試験技術, 52巻,3号,pp.132-138 (2007-7).
-