日本材料学会コラム〜壊れた物からのメッセージ〜
本稿は、木造立体迷路における事故の調査において、
報告書 本文のp.52「3章 原因」の検討時に考えたことです。
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壊れた物からのメッセージ(1):事故調査
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物が壊れたら、使えなくなるので廃棄されます。しかし、壊れたことによって損害が発生した場合には、事故の証拠物として大切に保管されます。それは、壊れた物に原因情報が蓄積されているからです。私は2012年から12年間に渡って、内閣府 消費者安全調査委員会のお手伝いをしてきました。事故調査では、壊れた物に多角的な問いかけを行い、メッセージを引き出すことが出発点となります。壊れた物は色々な情報を伝えてくれています。物が壊れても、すぐに捨ててしまわず、メッセージはないか問いかけてみてください。原因がわかれば、少しだけ安全に生活できるようになります。
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壊れた物からのメッセージ(2):死因鑑定 -
壊れた物は、既に死んでいるので、どんなに耳を澄ましてもメッセージを聞くことは出来ません。壊れた物からのメッセージを得るためには、能動的な調査が必要です。まず、壊れた時の状況の調査が行われます。壊れた部分に作用した力の大きさと方向を確認します。その情報と壊れた物の外観を見比べて、どこから壊れ始めたのかを推定します。死因の鑑定に相当します。次に、壊れた物の材質が正常かの確認を行います。環境調査も併せて行い、腐食状態等も調べます。健康状態の確認に相当します。これらの情報をもとに、壊れ始めてから終わるまでのシナリオを作ります。外観上の特徴と1つの矛盾があってもいけません。これは立証作業です。
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壊れた物からのメッセージ(3):技術の進歩 -
壊れた物からのメッセージは、目視だけでは不十分なこともあります。金属疲労の場合、破壊起点の亀裂発生挙動や亀裂進展領域でのストライエーションの観察を、数万倍まで拡大観察可能な電子顕微鏡を用いて行います。これによって、壊れた物に作用していた力の大きさを逆算することも可能です。最近では、ナノレベルの観察や材質の異常を瞬時に測定できる機器が数多く開発されています。コンピュータの進歩によって、数値シミュレーションも行われるようになっています。
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壊れた物からのメッセージ(4):衝突安全 -
近年、自動車のボディには衝突安全性能が求められるようになりました。ひどい衝突事故を起こした自動車は、使えなくなり廃車となりますが、事故原因以外のメッセージもあります。自動車の設計においては、衝突によってボディが潰れ始めてから完全に停止するまでの間の変形が設計されているからです。衝突の瞬間をセンサーが検知すると、ハンドルやダッシュボードに設置されたエアバッグが爆薬で瞬時に膨らみ乗員を包みます。エアバッグが萎むまでの間、ボディは設計されたとおり、乗員にぶつからないよう上手く潰れてゆき、自動車の運動エネルギーを吸収します。すなわち、自動車は壊れ始めてから終わるまでのシナリオが、設計された性能であり、
公的機関で評価されています。壊れた自動車からのメッセージは、設計改善のために有効です。
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