日本材料学会コラム〜耐用年数〜

本稿の内容は、「随筆」耐用年数:コンクリート工学,Vol.62, No.8(2024-8)(2025/8/1公開開始)に掲載されたものです。

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耐用年数(1):海砂
私が小学校低学年だった1960年代中頃、故郷の 高知県安芸市では、馬が海砂の入った荷車を引いて町中をパカパカと歩き回っていました。私達の遊び場である浜辺だけでなく、町中の道にも黄金爆弾が無造作に放置されていたことを記憶しています。当時、海砂が何に使われていたのかを考えたことはありませんでしたが、今にして想えば、コンクリートの骨材として使われていたのではないかと思います。海砂を使ったコンクリートは耐用年数が心配です。(今回を含めて5回の「耐用年数」シリーズは、「コンクリート工学」2024年8月号の「随筆」として掲載された内容に基づいています。)

耐用年数(2):山陽新幹線
海砂を使ったコンクリートは耐用年数が心配ですが、1999年に 山陽新幹線のトンネルで大きなコンクリート片が落下して、0系新幹線を直撃しました。0系は天井にエアコンが有ったので客室は守られましたが、N700系のエアコンは床下に有るので心配です。山陽新幹線の建設には海砂が多く使われていたようです。鉄筋コンクリートの補修工法等は未だ技術開発途上のものが多いようですが、JR西日本では予定供用期間を100年として維持管理に努めているとのことです。このように、維持管理と補修が適切に行われていれば、耐用年数は大きく延長できます。これは、コンクリート構造物だけではなく、機械構造物も同様です。さらに、100年以上前の海水練りコンクリートが現在でも供用されている例もあるようで、 最近の動向としては海水や海砂を有効利用する研究開発が進められているようです。

耐用年数(3):原子力発電所
耐用年数が話題になっている分野として、原子力があります。機器の設計においては、何らかの耐用年数を決める必要があります。初期の原子力発電所では、供用期間40年が想定され、法律上も40年とされていました。しかし、実際に40年が近づくとまず60年に延長され、最近では60年を超える供用期間が認められるようになってきました。これは法律上の変更です。技術的な背景としては、初期設計と維持管理が別物だということです。それぞれ、設計・建設規格と維持規格に従って行われています。設計・建設規格では、損傷(具体的には疲労亀裂の発生)は考慮されていません。すなわち、損傷を許容していません。しかし、使用を始めると必ず損傷が発生します。2000年に日本機械学会から初版が発行された維持規格では、計画的な検査を実施して損傷を検出し、その評価に基づく補修または取替えによって損傷に対処し、安全な使用を継続できるようにしています。

耐用年数(4):バックフィット
耐用年数は、維持基準に基づく補修または取替えが多数必要になって、経済的に成立しなくなった段階ということになり、耐用年数は一概には決まりません。ところが、2011年の東日本大震災以降、異なる理由で再稼働できない原子力発電所が多数あります。これは、2013年に施行された 新規制基準 バックフィットと呼ばれる手段を適用したからです。古い基準で建設された発電所も新規制基準に適合しなければ再稼働できなくなったのです。停止中の発電所内部では、新規制基準を満足するように改修工事が進められています。しかし、それができなければ廃炉となるのです。一方、一般の建築物の耐震性に関しては、新しい基準が施行されても既存不適格建物として使い続けることができます。建築物の耐用年数は長いので、1980年代初頭に改正された基準を満足していない旧耐震の建物が残っており、大地震発生のたびに悲惨な報道がされています。補強工事や耐用年数を前倒した建替が望まれます。

耐用年数(5):航空機
維持規格の利用は、高圧ガス機器にも拡大されています。カーボンニュートラルの達成に重要な水素関連技術においても、維持規格の適用によって適切な耐用年数が設定されてゆくと期待しています。一方、航空機のように軽量で剛性の低い接合構造物には、設計段階から損傷を部分的に許容する 損傷許容設計が用いられています。許容した損傷の進行を予測し、計画的な検査を行って予測結果を検証する点は維持規格と同様です。損傷許容設計は、フェールセーフ構造(故障しても致命的にならない構造)を用い、容易に取替えができることが前提となっています。やはり、経済的な観点から耐用年数が決まることになります。